こんにちは!🌪️風羽🪶です
藤井風さんの
『何なんw』
を聴いていて、改めて思ったことがあります。
この曲の「何なんw」って、
ただ相手を責める言葉ではない気がするんです。
むしろ、
本当はもう気づいているのに、
見ないふりをしている自分に向けた言葉
みたいに聴こえる時があります。

人って、
本当はしんどいのに、
「大丈夫」って言ってしまうことがありますよね。
本当は寂しいのに、
平気なふりをしたり。
本当は甘えたいのに、
強がってしまったり。
自分でもうっすら気づいているのに、
そこを認めるのが少し怖い。
だから、違う言葉でごまかしたり、
何でもない顔をしたり、
気持ちに蓋をしてしまう。
そんな時に、
「何なんw」って言葉は、
怒鳴るでもなく、突き放すでもなく、
少し笑いながら核心に触れてくる感じがします。
呆れているようで、見捨てていない。
ツッコんでいるのに、切り捨てていない。
その距離感が、この曲の深いところだと思います。

僕が大切にしたいのも、
無理に本音を引き出すことではありません。
「本当はどう思ってるの?」
と詰めるよりも、
言葉になるまで待つ。
沈黙もそのまま置いておく。
無理に明るくしようとしない。
そういう時間の方が、
かえって気持ちがほどけることもあると思っています。
強がりって、
ただの意地ではなくて、
今まで頑張ってきた人が身につけた守り方でもある。
だから、そこを雑に扱いたくないんです。
「何なんw」って、
少し笑えるくらいの距離で、
でもちゃんと本音の近くに触れる。
そのくらいの温度感で、
一緒に過ごせたらいいなと思っています。

「大丈夫」と言いながら、
本当は少しだけ休みたい日。
「平気」と言いながら、
本当は誰かに気づいてほしい日。
そんな日があっても、
おかしくないと思います。
きれいに言葉にできなくても、
明るく振る舞えなくても、
そのまま座っていられる時間があれば、
少し呼吸がしやすくなることもある。
藤井風さんの『何なんw』を聴いて、
そんなことを考えていました。
会いに来てくれる方も、
日記を読んでくれる方も、
いつもありがとうございます。
今日も、
無理に整えすぎず、
少しだけ肩の力を抜いて過ごせますように。
🌪️ビューン🪶




































































































































