【追記8:49】
事務所と連絡が取れたため、指定の場所へ伺います。
よろしくお願いします。
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ご予約ありがとうございます。
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私のアカウントはこちらです↓
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お会いできるのを楽しみにしております。
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09/03 09:01 更新
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09/03 08:10 更新
体の不調は、はっきりした名前がついているとまだ扱いやすい。腰が痛い、肩が張る、頭が重い。そう言えれば、対処のしようもある。
やっかいなのは、名前のつかない状態のほうだ。どこも悪くないのに元気が出ない。眠っても抜けない。誰かに話しても、疲れてるんじゃないの、で終わってしまう。
そういうとき、自分の感覚のほうを疑い始める人がいる。気のせいかもしれない、大げさなのかもしれない、と。でも体は嘘をつくのが下手だから、たいてい何か理由がある。ただ、その理由が言葉より深いところにあるだけだ。
僕は言葉にできない状態を、そのまま扱えるのがこの仕事のいいところだと思っている。説明を求めずに、ただ触って、確かめていく。
わからないままでも、手はあてられる。それは案外、悪くない方法だと思う。
09/02 09:04 更新
これから起きることを心配する時間は、たぶん人生のかなりの部分を占めている。まだ何も起きていないのに、心と体は先に働きはじめる。
それは無駄なことだと言われがちだけれど、僕はそう思わない。備えようとするのは、大事にしているからだ。どうでもいいことなら、心配にもならない。
ただ、心配は、実際の出来事より少しだけ大きく育つ性質がある。頭の中では何度も本番をやることになるから、始まる前に何回か終えているようなものだ。それで疲れないほうがおかしい。
僕にできるのは、その先取りした重さを、いったん体から降ろすことくらいだと思っている。考えを止めることはできない。でも、肩の力を抜くことなら手伝える。
どうにかなるかどうかは、僕にはわからない。ただ、始まる前の夜に少しでも眠れたなら、当日の自分は、今夜の自分より少し楽なはずだ。
09/01 08:01 更新
明るくふるまえるというのは、能力だと思う。場の空気を悪くしないとか、人を気遣うとか、そういうものが積み重なって身についたもの。
ただ、それが上手くなりすぎると、困ることがある。しんどいと言い出す入口がなくなってしまう。周りは元気だと思っているし、自分でもそう演じ続けているうちに、どのくらい疲れているのか測れなくなる。
しんどさは、言葉にする前に、まず自分で気づく必要がある。でも気づくためには、いったん明るさを下ろす時間がいる。ずっと立っていると、自分の足が疲れているかどうかもわからない。
僕は、誰かの明るさを疑いたいわけじゃない。笑っているときの笑顔は本物だと思う。ただ、それとは別に、疲れている体も同時に存在している。両方が本当であっていい。
08/31 08:43 更新
同じ人と何度か季節を回ると、その人のことが体感でわかってくる。夏に弱い、冬に元気、季節の変わり目に崩しやすい。本人が説明しなくても、こちらが見てきた事実として蓄積されていく。
言葉で聞いた情報より、何度も見てきたことのほうが確かだ。この人は八月後半にいつも疲れてる、というのは、聞かなくてもわかる。そうやって積み上がった理解は、たぶん信頼に近い何かだと思う。
関係の深さは、話した内容だけじゃなくて、一緒に越えた季節の数でも測れる気がする。何を話したか覚えてなくても、あの夏も来てくれてた、というのは残る。次の季節もたぶん普通に会う。それだけのことが、けっこう大事 🍃
08/30 08:46 更新
疲れは、その日のうちに来るとは限らない。無理をした翌日じゃなくて、三日後や一週間後に来ることがある。だから、原因と結果が結びつかない。なんとなくだるい、理由がわからない、となる。
夏の疲れは特にそうで、六月からの積み重ねが今ごろ請求されてる。今しんどいのは、今何かをしたからじゃなくて、ここまでずっと暑さの中にいたから。それがわかるだけで、少し自分を責めずに済む。
そして、遅れて来た疲れは、抜けるのも遅い。数日休んだくらいでは戻らない。焦らず、九月いっぱいくらいかけて戻る想定でいたほうがいい。回復にも時間がかかる、というのを見込んでおく 🫧
08/29 08:17 更新
何かが終わるとき、きれいに区切れることのほうが少ない。八月が終わっても暑さは残るし、仕事が終わっても余韻や後始末は続く。終わったはずのものが、しばらく尻尾を引きずってる。
それでイライラすることもあるけど、たぶん、そういうものなんだと思う。きれいに終わるほうが例外で、たいていのものはだらだら終わる。区切りは自分の頭の中にしかない。
だから、終わったのにまだ終わってない感じがしても、それは失敗じゃない。ゆっくり終わっていく途中。八月の暑さも、いつのまにか終わってる。気づかないうちに終わってるのが、いちばん自然な終わり方かもしれない 🫧
08/28 08:50 更新
やめてしまったことを再開するのは、始めるより難しい。前はできてたのに、という記憶があるぶん、今の自分の低下が見えてしまう。で、しっかり整えてから再開しよう、と考えて、また先延ばしになる。
再開するときは、前と同じレベルでやろうとしないほうがいい。前の八割、いや半分でいい。とりあえず動きを再現するだけ。体が思い出せば、あとは勝手に戻っていく。
そして、完璧な再開日を待たないこと。涼しくなったら、落ち着いたら、と条件をつけると、その日は来ない。まだ暑いけどやる、まだ忙しいけどやる。中途半端な再開が、いちばん確実な再開だと思う 🍃
08/27 07:42 更新
渦中では長いのに、終わってみると短い。夏がそうだし、たぶん大変だった時期もだいたいそうだ。あのときは永遠に続く気がしてたのに、思い出すと一瞬になってる。
時間の感じ方って、その最中と、あとからで、まったく別物なんだと思う。中にいるときは一日一日が重い。外に出ると、まとめて一つの塊になる。だから、今しんどい人に、いつか短く感じるよ、と言っても届かない。中にいる時間の長さは、本物だから。
ただ、あとから短く感じるということは、記憶の中では圧縮されるということでもある。今の長さは、永遠の長さじゃない。それだけは、たぶんほんとうだ 🫧
08/26 08:00 更新
同じ人と、春夏秋冬を何周かすると、その人のことがなんとなくわかってくる。夏に弱いとか、冬に元気だとか、季節の変わり目に崩しやすいとか。データじゃなくて、体感として蓄積されていく。
言葉で聞いた情報より、何度も見てきた事実のほうが確かだ。この人は八月後半にいつも疲れてる、というのは、本人が言わなくてもわかる。そうやって積み上がった理解は、たぶんちょっと信頼に近い。
関係の深さは、話した内容だけじゃなくて、一緒に越えた季節の数でも測れる気がする。何を話したか覚えてなくても、あの夏も来てくれてた、というのは残る。次の季節も、たぶん普通に会う。それだけのことが、けっこう大事 🍃

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