最初は、張りつめた空気がそっと部屋を包んでいた。
深呼吸の音だけが、ふたりの距離を測っていた。
触れるたびに、
かすかに揺れるまつげと、微細な呼吸の変化。
肌と肌のあいだに、
少しずつ“安心”が根を張っていくのがわかった。
目が合うたび、
その奥に隠してきた“やわらかさ”が、
すこしずつ顔を出しはじめた。
そして、静かな時間のなかで
唇が重なった瞬間——
迷いのないキスが、彼女の想いをまっすぐに伝えてくれた。
言葉は多くなかったけれど、
その沈黙のなかに、
強さと、寂しさと、
そして“受け入れられた”安心が、
やさしくにじんでいた。
最後に交わした笑顔が、すべてを物語っていた。
触れ合ったことよりも、
そのあとに流れた静かなぬくもりにこそ、
彼女の“素”が宿っていた。
雨の音にまぎれて届いた光のような言葉が、
今も、胸の奥で静かにひかっている。
迷いながらも、前を向こうとするその背中に、
透明な誇りが、ふわりと漂っていた。
触れられないものに、
人はもっとも心を動かされるのかもしれない。
ぬくもりは、
音のない場所で、
そっと、生まれていた。
—— まだ、夢のつづきを見ているような気がしている。
