東京に帰ってきた僕は
すべてがうまくいくと思っていた。
新しい会社、小さいけれど
そこで結果を出せば、次の扉が開くと信じていた。
スキルも経験もあった。
最初からマネージャー候補だった。
でも、それが火種だった。
嫉妬は静かに広がり、
やがて社内に悪い噂が立った。
そして、ある日。
突然、辞令が出た。
「君の給料は50%カット。現場に行ってもらう」
違法だ。どう考えても。
でも、僕は呑み込んだ。
“とりあえず”また転職すればいい。
そう言い聞かせて。
向かった先は、廃棄物処理工場。
汚物と臭気が染みつく、地下の世界。
溶鉱炉が唸りを上げる。
けれど、そこにいた人たちは
不思議なほど、みんな優しかった。
その中に彼女がいた。
黒髪を後ろで結び、
引き締まった身体に作業着を纏った現場リーダー。
どこか凛とした美しさと、
闘う者の強さを纏っていた。
「音楽は何聴くんだい?
あたしはクィーンとか、パンクとかヘヴィメタが好きだね」
「クィーンていいですよね。自由の塊みたいで」
彼女は笑って言った。
「あんた、逃げてきたんだよね。
逃げるってのは悪くないよ。
でも――逃げる方向を間違えると、地獄を見るよ」
その言葉が、深く刺さった。
そしてあの日から、
僕は夜の帰り道で
背後に“何か”の気配を感じるようになった。
ある日。
地下溶鉱炉の作業中、
その“気配”が、姿を現した。
鋼のような拳が背後から襲いかかる――
間一髪、僕はかわした。
そこにいたのは、
爛れた顔をした、3メートルはあろうかというタイラント。
巨体を揺らしながら、
怒りの咆哮を上げて拳を振るってくる。
僕は走った。逃げた。
廃棄物の山をすり抜け、
出口を探してさまよった。
でも、行き止まり。
壁を背に、拳が迫る――
そのとき。
“ドカン!”
炸裂する音とともに、
タイラントの顔面に強烈なストレートがめり込んだ。
ふっとんだその先に、彼女が立っていた。
ロケットランチャーを肩に。
「ラストエスケープ」
そして、僕の目を見て言った。
「次に逃げるのは、どっちだい?決めてきな」
差し出されたランチャーを握り、
僕は引き金を引いた。
火花と爆風――
タイラントは砕けて、溶鉱炉の中へ沈んでいった。
翌朝。
彼女の姿はなかった。
同僚に聞いても、誰も彼女のことを知らなかった。
まるで、最初からいなかったように。
でも、僕は知っている。
あれは“自由”が姿を変えて、
僕の前に現れてくれたんだと。
だから僕は辞表を出した。
もう間違えない。
逃げてもいい。
でもその逃げ道が、僕自身に正直なものであるなら――
そこは、
たしかに“未来”に繋がっている。
そしてきっとその先に、
誰にも奪えない光があると、信じている。
