“写真、撮ってみませんか?”
そんなメッセージが届いたのは、
遠く離れた街で、
自分の気持ちにふたをしながら、
ただ毎日をやり過ごしていた頃だった。
どこか夢のような誘いだったけれど、
“面白そう”という気配に、
少しだけ心がゆるんだ。
静かな公園で待っていたのは、
小さくて可愛らしい、カメラを抱えた彼女。
撮られるのは初めてだった。
でも、彼女のレンズ越しの僕は、
いつもより呼吸が深くて、
ほんの少し、素直だった。
シャッターが切られるたびに、
心の中のノイズが、ゆっくりと消えていく。
ふとした仕草や視線の熱まで、
すくい取られていく感覚が、心地よかった。
その日を境に、
自分の輪郭が少しだけ、はっきりと見えるようになった気がした。
彼女の写真には、
柔らかい静けさと、
どこかあたたかい余白があった。
数か月が経ち、
僕はようやく願いを叶え、
あの街を離れることになった。
深夜のバス。
彼女は、夜遅くにもかかわらず見送りに来てくれた。
別れ際、手渡されたのは、
少し湿った袋のハッピーターン。
飾り気のない、彼女らしいお土産だった。
あんなにもおいしくて、
あんなにも優しい味があるなんて――
あの夜、
僕の中の何かが、確かにほどけていった。
シャッターに刻まれた静かな時間と、
ノイズの消えた心。
そして、ハッピーターンのあたたかさ。
それは今も、僕の中で
静かに、生き続けている。
