出会いは、音のなかだった。
まだ形にならない動きを、
たしかめるように繰り返す彼女の背中が、
なんだか少し、切なく見えたのを覚えている。
年齢なんて意味を持たなくなるくらい、
彼女は自分のリズムで、世界と対話していた。
後になって知った。
彼女は、誰もが一度は憧れるような場所を通ってきた人だった。
整えられた光の中に、一度は身を置いたこともあったという。
でもあるとき、
その明るさのなかに、自分の影が映らないことに気づいた。
「自由」という名の温もりが、
どこかで薄れていく気がして。
だから彼女は手放した。
安心も、肩書きも、褒められる未来も。
そして、自分の言葉で綴った手紙を、
まだ見ぬ国へと届けた。
彼女は旅に出た。
誰も知らない地図の上に、自分だけの線を引きながら。
痛みもあったはずだ。
でもその痛みさえ、自由の証として
笑って受けとめていたように見えた。
時間が流れ、
彼女はふたたびこの街の空気を吸っていた。
その日の帰り道。
偶然出会った壁画に描かれた、赤い翼。
彼女は、なにも言わずにその前に立ち、
まるで、自分の背中に羽根があることを
確かめるように微笑んだ。
思えばあのとき、
誰もが選ぶ“まっすぐな道”を曲がった彼女が、
自分の羽根で、空を描きはじめた瞬間だったのかもしれない。
見えない翼は、誰にも気づかれないけれど、
その風だけは、確かにそこに吹いていた。
