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写メ日記

全133件中21~30件を表示

龍生の投稿

気球と幻想と、曖昧な蜃気楼

10/29 00:19 更新

――子供の頃、僕の家の前の道はまっすぐで
その上の空をゆっくりと気球が流れていた
光の粒みたいに浮かんで
夕方になると色を変えていった

青から橙へ、橙から群青へ
その移ろいを見ていると
世界が静かに呼吸している気がした

いつからだろう
まっすぐだった道が歪んで見え始めたのは
空の明るさが曖昧になっていったのは

記憶のどこかで
誰かとした約束だけが
夕焼けの蜃気楼の中で揺れていた

――時は流れ、僕は早朝の田舎道を歩いていた
駅前でも十時前の田舎はほとんどの店が閉まっている
かろうじて開いていたスーパーで惣菜を買い
小さなフードコートの片隅で食べた

曇った窓に映る自分の顔が誰なのか分からなくなる
パンパンに膨れたビジネスバッグを背負い
顧客との戦いに向かう

田舎道を歩くのは好きで
顧客とのやり取りも好きだった
けれどどんなに頑張っても
成果は誰かの名前に変わっていき
僕は歯車として動くだけだった

それでも朝になるとまた歩き出していた
仕事が終わり、駅へ向かう道
夕日の光が蜃気楼のように揺れていた
歩き続ければ、あの日に戻れるような気がしていた

――実は僕は数ヶ月前、百年に一度の彗星「Libera(リベラ)」を見てから
僕の中に、相手の個性を奪う超能力が宿った
奪った個性は自分の能力になる

正確に言えば、あの彗星を見た者は誰もが
自分の中に眠っていた“個性”を
超能力として覚醒させた
ある者は重力を無視して跳び
ある者は姿を消し
ある者は時間の流れを止めた

けれどその力を扱える者はほとんどいなかった
未熟な能力者は感情に呑まれ
衝動のままに力を放ち
街ひとつを壊すほどの暴走を起こした

その力を集め、利用しようとする組織が現れた
能力者を狩り、支配のためにその力を使おうとする者たち
僕は彼らに利用される前に
能力者の力を奪い、封じることを選んだ

でも相手の能力を奪うたびに
自分が何者なのか、少しずつ分からなくなっていった

――今日も能力者を探して歩いていた
暴走する前に力を奪い、世界を壊させないために
今では能力者たちに僕のことは知れ渡り
僕は「死神」と呼ばれていた

その時、頭上の空気が震えた
反射的にシールドの能力を展開する
鋭い音と共に、何かが弾かれた
転がったのは、小さなビー玉

見上げると、気球が浮かんでいた
太陽を背にしていて、中の様子は見えない
次の瞬間、気球の端が光った
光の粒が無数に見えた

ビー玉が再び飛んでくる
連続する衝撃、シールドがいくつも光を弾いた
明らかに上からの狙撃だった

物体を操るサイコキネシス
銃弾の代わりにビー玉を使っているのだろう

僕は跳躍の能力を使って、気球へと跳んだ
風を切り裂き、縁に手をかけて覗き込む
そこには、一人の少女がいた

まだ幼さの残る顔
その手が震えながらも、僕を狙っていた
恐怖ではなく、決意の目で

少女が再び手をかざした瞬間、僕は視線を合わせた
意識がぶつかる

僕は目を光らせた
能力を奪う力が発動する

世界が一瞬、無音になった
少女の力が僕の中に、光の粒子のように流れ込んでいく
その場に彼女が崩れ落ちた

――気球から少女を抱きかかえ、ゆっくりと地上へ降りた
見上げると、夕焼けの空に誰も乗っていない気球が漂っていた
太陽の光が滲み、蜃気楼のように空間が歪んでいる

その瞬間、空からビー玉が降ってくるのが見えた
けれどそれは現実ではなかった
少女の記憶が、僕に幻想を見せていた

幼い真っすぐな心が、強すぎる力を持ってしまった
そして大人たちに利用された
その映像が、僕の中で繰り返される

意識が遠のく
能力を奪った後は、いつも一定時間、思考が霞む
その時、背中に激痛が走った

振り返ると、ボウガンを構えた男がいた
「死神のお前を倒せば大金が貰える」
次々と放たれる矢
朦朧とする意識の中、僕はその矢を体で受けた

地面に倒れ、空を見上げる
蜃気楼のように歪んだ空が、僕の意識とリンクしていく
まっすぐだったはずの空が揺れている
その歪みの中で、自分が何者か分からなくなっていった

――遠のく意識の中、目の前で「ドン」という音がした
ビー玉だった
空から無数のビー玉が降ってくる

幻想ではなかった
隣で、少女がサイコキネシスを使っていた
あの気球の中にあったビー玉を、地上に降らせている

ボウガンの男に次々と命中し、男は倒れた
その瞬間、僕は理解した

――僕が能力を奪った時に、少女の記憶だけじゃなく
僕の記憶も、彼女の中に流れ込んでいたのだ

僕が成し遂げようとしていたことを
彼女は感じ取って、助けてくれたのだろう

奪ったはずの力なのに、なぜ彼女は使えたのか
その答えは分からなかった

ただ、真っすぐな心が
曖昧な蜃気楼の空に
あの日の約束を光の粒として呼び覚ましたのだと思った

その約束が何だったのかは、もう思い出せない
けれど確かに、誰かを守りたいと思っていた

子供の頃に交わした「あの日の約束」は
言葉にも記憶にも残らず
ただ“心の奥で感じる”ものだった

――気がつくと、世界は静かだった
風の音も、人の声も、すべて遠くに消えていた

掌の上で、ビー玉が微かに光っている
その光を見つめていると、胸の奥が温かくなった

立ち上がると、景色が揺れていた
どこかで見たようで、どこにも繋がらない

名前を思い出そうとしても、言葉が出てこない
けれど、不思議と怖くはなかった

心の奥に、確かな温もりが残っていた
それは誰かの笑顔のようで、夕焼けの光のようだった

ビー玉の光が揺れていた
青から橙へ、橙から群青へ
あの日の空と同じ色に溶けていく

――もう、戦わなくていいよ

その声が風の中で響いた気がした
まっすぐな道はもう見えない
けれど、今なら分かる

僕はきっと、またあの空の下で
誰かを守りたいと思うだろう

6598

夜空と川と、流れるオレンジ

10/26 00:00 更新

ふと揺らぐ鼓動が
自由なあなたを求めて震えた

星が見えない夜に
オレンジの火を灯す
霧の中を探るように手を伸ばす
それは温かく
幻想の中の祈りだった

深く吸い込み、ゆっくり吐く
呼吸のあとに舞う煙
悪戯な優しさを描いた運命が
子供のように微笑む

砕けた硝子の欠片を拾い集め
修復の魔法をかけてみる
それでも元の形には戻らない
掌の中で光る
ひとつだけ残った透明

仮想の海で目を閉じて
あのメロディーを探した
広がる宇宙の距離のまま
それでも僕は手を伸ばした

グラスの中に映る笑顔の裏で
ソファに眠った感情を隠す
忘却の城に背を向け
風を抱くように立ち上がる
ひまわりが 太陽を見つめるように

回り続ける針の音が
静かな夜を裂いていく
掌に残った透明の答えを探して
あの日と同じように
手探りで光を求めた

暗闇の中でも 星が見える夜
オレンジに揺れる感情が
太陽の匂いを呼ぶ
形のないものを抱きしめて
夜空から 川が流れていく

6598

観測と回転と、想いのビート

10/24 05:06 更新

子供の頃、近くの公民館にプラネタリウムがあった
真っ暗な空間に 星が浮かび上がる

僕はこの静かな世界が好きで
何度も 何度も 通っていた

上映の終わりが近づくと
天井の星が ゆっくりと回り出す
座席ごと 世界が動いている気がして
飛ばされないように 必死に しがみついた

他にも観客は居るはずなのに
回転の中で 僕だけが 取り残されているようだった

不思議で こわくて
それでも目を離せなかった

――時は流れ
僕は会社員として生きていた

地下の小さな事務所
窓もなく 時間もわからない世界
カビの匂いと空調の風だけが
日々の境界を曖昧にしていく

誰も居ない古びた座席に座り
机に積まれた書類と向き合いながら
天井を見上げる

照明は薄暗く
太陽を感じられないこの部屋は
朝と夜の区別がなくなっていた

そんな中で
胸の奥に光る何かを僕は探していた

――実は僕は
仮想空間〈エンゼル〉のバグを観測して
正常に戻す、観測修復士の仕事をしていた

観測修復士と呼ばれるその役目は
壊れた世界の“ゆがみ”を見つけ
元の形へ修復することだった

エンゼルの住人たちは
現実ではなく仮想空間の中で生きている

彼ら彼女たちは
現実で「理不尽」「絶望」「やりきれなさ」を抱え
人生をやり直そうとして エンゼルに来たのだ

仮想空間はプログラムのようなもの
バグが生じると 世界そのものが歪んでいく

不思議なことに エンゼルが誰に作られたかは誰も知らない
ただ もう一度 “生きる意味” を探したとき
人は呼び寄せられるように ここへ辿り着く

そして最近 このエンゼルでは
バグの頻発と共に 住人たちが次々と消える事件が起きていた

――エンゼルの世界に 何かが起きているのは確かだった

――その夜、いつものように
エンゼルの監視データを確認していた

ノイズがひとつ、波形の端で跳ねた
次の瞬間、連鎖するようにノイズが走る

監視画面には「lost(ロスト)」の文字が
嵐のように横へ流れていく

ロスト――それは、住人たちの消滅を意味していた

異常事態を察知した僕は
危険を承知で、仮想空間へと侵入を決めた

仮想移行用の座席に座り、目を閉じる
あの日のプラネタリウムのように
世界が回り出す感覚が襲う

光が反転し、重力が消える
僕は必死に座席にしがみついた

――気づくと、エンゼルの内部にいた

空間は静まり返り、
どこからともなく風が流れた

その中心に、少女が立っていた
長剣を握り、沈黙のまま僕を見据えている

喋りかけようとした瞬間、
剣が閃き、僕の胸を貫いた

視界が白く飛び、
音も光も遠のいていく

――気づくと、僕は学校の体育館の壇上の前に立っていた
周囲を見渡すと、数名のエンゼルの住人たちがいた

「やあ、君も卒業しに来たのかい?」
ひとりの住人が微笑んで言った

「じゃあ、この卒業証書を壇上でみんなに渡してくれないか?」
もう一人が僕に手渡してくる

その瞬間、僕は気づいた
彼らは、この世界から前へ進むために
戦いをやめ、感情を受け入れ、
“これまでの痛みとありがとうを言葉にして前へ進む”
――そんな儀式を行っているのだと

僕は壇上に上がり、証書を読み上げた

「卒業おめでとう」

卒業証書を受け取った者たちは
優しい顔をして、ひとり、またひとりと光になって消えていった

全員に証書を渡し終えたとき
広い体育館から人の気配が消えた

その静寂の中、
奥の扉がゆっくりと開き、
あの少女がこちらへ歩いてきた

――少女は僕の目の前で立ち止まった
長剣はもう握っていない

そして少女は ゆっくりと僕の手を握った

「やっと見つけた」
「本当にありがとう」

少女は言った

続けて 彼女は語りはじめた

――僕はバスに乗っていた
運転手の不注意で 崖下へ転落する事故が起きたという
僕はそこで命を落とし
少女も重傷を負い 病院に運ばれた

僕の心臓が 彼女に移植されたことで
少女は生き延びた

仮想空間〈エンゼル〉は
少女が僕に「ありがとう」を伝えるために作った
精神世界だった

少女は静かに微笑み
手にしていた白い紙を 僕に差し出した

「これでお別れね」

その言葉と共に
彼女は 光の粒となって消えていった

手の中に残った白い紙を見つめる
そこには たった一行だけ文字が書かれていた

――「卒業おめでとう」

――街角を歩いている
風にまぎれて 懐かしい旋律が聴こえる

一人の女性が 僕の横を通り過ぎた

長い髪が風に揺れ
その横顔が どこかで見た気がした

どこかで 彼女を知っている気がした
その確信に導かれるように 僕は振り向いた

エンゼルとは 誰かの「ありがとう」を形にした世界だった
理不尽や絶望を抱えた心が 最後に辿り着く“修復の場所”

僕は長く 痛みを消すことが修復だと思っていた
けれど本当の修復とは
痛みの中にある想いを受け入れ
“ありがとう”と共に次へ繋ぐことだった

消えた住人たちは きっとそれぞれの現実で生き続けている
彼らの中にある光の粒が
誰かの胸でまた新しい鼓動になるのだろう

ふと あの日のプラネタリウムを思い出す
天井の星が静かに回り
世界がゆっくりと息づいていた
あの回転は 宇宙ではなく――心の中で続いていたのだ

僕の役目は終わった
けれど 誰かがまた傷つき もう一度生きようと願うとき
エンゼルはきっと再び起動する

――修復とは 終わりではない
それは “想いの循環”という名の再起動だ

6598

影と星空と、Change the World

10/22 04:51 更新

子供の頃
親戚の家に遊びに行った、田舎で周囲は海だった

街灯が全くなく、夜は真っ暗だった
都会とは違い、目の前もほぼ見えない
そんな夜道を、みんなで歩いてみた

見上げると、星空がとんでもなく綺麗だった
あの星空が忘れられなくて
その後も何度も空を見上げたけど、同じ星空を見たことはない
あれが今までで見た中で、一番綺麗な星空だった

――時は流れ

僕は会社で働いていた
フリーフロアの窓際で、データを眺めながら
次に繋がらないタスクを消化する人形になっていた

目の前の結果だけが欲しくて
上司が構成したプログラムの中で
指示通りにキーボードを叩く
誰かが作ったシミュレーションゲームの世界で
僕はいつの間にか、「自分の意志で動く」ことを忘れていた

天井を見上げても、目に映るのは
蛍光灯の機械的に揺らぐ光だけだった

――僕にはもうひとつの顔があった

実は僕は、会社員の他に
“暴走した影(ローグ・シャドウ)”を光に閉じ込める
「シャドウハンター」の仕事をしていた

ローグ・シャドウは数ヶ月前に突如としてこの世界に現れた
ローグ・シャドウに取り込まれた者は意識を失い
RPGゲームの村人Aのように、感情が無くなって
プログラムで動く人形のように、同じことを繰り返す存在となる
僕らは取り込まれた人たちのことを、“NPC”と呼んだ

シャドウハンターの武器は「スターブレイド」
感情のエネルギーを光弾に変換する銃だ
感情が強ければ強いほど、強力な弾が放てる

僕は、ずっと違和感を感じていた
ローグ・シャドウに取り込まれるのは
決まって過去に事件や事故を抱え、未練を残したまま生きている人たちだった

まるでプログラムのバグを修正するように
影は彼らを“NPC”へと変貌させていく
異常な執着を持つ“誰か”が、この世界のシステムそのものを書き換えている
そんな気がしてならなかった

――その夜、街の空気がざらついていた

駅前のネオンが、ひとつ、またひとつと瞬いて消える
ビルの隙間に、高校生くらいの女の子が立っていた
ビルの壁面に映る彼女の影が、意志を持ったように少し動いた

僕はスキルを発動し、彼女の意識の中に潜り込んだ
その意識は罪悪感と憎しみで満ちていた

冷たい風が吹いた
黒い靄が集まり、ゆっくりと形を作る
街灯の明かりを吸い込みながら
“人の輪郭”をした闇が立ち上がった

ローグ・シャドウの出現だ

――僕はスターブレイドを構えた

感情のエネルギーが充填され、光弾が形成されていく
トリガーを引く
ローグ・シャドウの身体が光に包まれ、砕け散った

「やったか」僕は呟いた瞬間
彼女の影がまた動き、ローグ・シャドウが再び現れる

次々と光弾を放ち、影を撃ち抜く
だが、消しても消しても、闇は湧き上がる

僕は気付いた
これだけの影を生み出しているのに、彼女の感情は動いていない
理解した
彼女こそが、この世界のシステムを書き換えた張本人だった

彼女の影が何体にも分かれ、僕を襲う
同時に、彼女の中の影の意識が僕の中に流れ込む

絶望、喪失、後悔、怒りの感情が
僕の心臓を貫いた

そして最後に一瞬だけ
「信じたい」という言葉が聞こえた

僕は空を見上げた
あの時と同じ、綺麗な星が輝いていた
無数のローグ・シャドウに囲まれながら
暗闇の中で気づいた

――禍を転じて福となす

絶望の暗闇があることで
空の星の輝きが、はっきりと見える

僕はスターブレイドを最高出力まで引き上げた
銃口を天に向け、星の力を呼び覚ます
街は闇に沈み、星の光がわずかに震える
世界が息を呑む、トリガーを引く

光弾が炸裂し、星々と共鳴して拡散する
夜空が反転し、星空が落ちてくるようだった

彼女は抵抗して、無数のローグ・シャドウを生み出していく
だが、無限の空の星の輝きには勝てなかった

影が音もなく崩れ、光の粒となって空に還る
絶望の暗闇があることで、空の星の輝きがはっきりと見えた

光が世界を包む中
どこからかコンピューター音が響いた
「……上書き完了」そう聞こえた気がした

――自分の人生を支配していた暗闇
愛を失っても、憎しみに飲まれず
自分の意志で再び世界を愛することで
人生は自分の手で書き換えられる

子供の頃に見た、暗闇の中の星空
あの夜の光は教えてくれた

――絶望の暗闇があることで
空の星の輝きが、はっきりと見える

「Change the World」

喪失を経験しても
空を見上げれば
人はもう一度、世界を愛せる

6598

都会と花と、階段のリズム

10/19 21:36 更新

涼しい風に吹かれて
新しい朝に淹れたコーヒーの苦さの中で
胸の奥に沈んでいた記憶が
浅い眠りの底で ゆっくりと蘇る

カモメが飛んで 空へ向かう城
都会の片隅で揺れるコスモス
蜃気楼へと ダイブしていく

深い眠りの中で見えたあなたは
まぶしくて 触れられないほどに輝いていた

逃げられるストローをくわえ
夢の中へのパスワードを そっと呟く

シャンパンの炭酸が消えて
泡は雲のように浮かび
音もなく消えていく

他には見つけられない
街の孤独の中で
大切に 何度でも呼びかける

物語の先は 曖昧で 純粋で
書いては消して
増えていく 雲の切れ端

波が満ちて 潮が引く
降りる階段で リズムを刻んだ
楽しい夢の その先へ

――そして朝が始まる
まだ夢の余熱を抱いたまま
僕は 静かに息を吸い込んだ

6598

優しさと瓦礫と、ドリームリペア

10/17 23:53 更新

子供の頃
公園の池には噴水があった
その水面の下にはいろんな魚が泳いでいた

本当は入ってはいけなかったけれど
僕は池の中に入って魚を捕まえた
川に返してあげようと思ったのだ
――魚を救いたいと思った

大人に見つかり怒られた
魚は池に戻された
池の中と外の川
どちらが幸せだったんだろう

――時が流れ 僕は会社員になった
オフィスの蛍光灯の下
毎日のように上司と顧客と戦う資料を作り続けた
成果を出せば 自分も仲間も救えると思っていた

作った資料には心の温度はなく
体裁だけを整えた優等生のようなものだった
僕はただ 戦うために動く人になっていた

――実は僕には
もう一つの顔があった

壊れた“記憶”を修理する技師――
ドリーム・リペアラー

事件や事故で過去の記憶を失った人の意識に入り込み
記憶を修復し 真相を究明して事件を解決していく仕事だ

修復のためには
ヘルメット型の装置を頭に装着し
僕と対象者をコードで繋ぐ

意識を接続した瞬間
僕は相手の心の奥 深い仮想空間へとダイブする

その世界には必ず“魔物”が潜んでいる
それは記憶を壊している存在
僕はいつも その魔物と戦ってきた

勝てば修復は成功する
負ければ 自分の感情を少しずつ失っていく
そして最悪の場合――
仮想空間の深層に囚われて 自分の存在ごと消えてしまう危険な仕組みだ

それでもこの仕事を選んだのは
人の痛みを癒し 真実を取り戻すことで
自分も救われると信じていたからだ

――ある夜 ニュースが流れた
トンネルで列車事故
助かったのは一人の少女
他の乗客は全員 生き埋め状態のようだった

その時 スマホが震えた
修復依頼 対象は――その少女だった

列車事故の衝撃で 記憶を失っていた
意識の深層で “自分の存在” を閉ざしていた

僕はヘルメットを装着し
コードを繋ぐ
電流が走り 視界が暗転する

次の瞬間
僕はトンネルの中に立っていた
焦げた鉄の匂いが鼻を刺す
ひしゃげた車体の間を縫うように 奥へと進む

――その時だった
空気が揺れた
冷たい風が背筋を撫でる

闇の奥で “何か” が蠢いた
黒い影が ゆっくりと形を変えながら
こちらを見ていた

時間が止まったように感じた
鼓動の音が 自分の中で爆ぜる
視界が震える

次の瞬間――
轟音とともに 魔物が飛びかかってきた

僕は反射的にエネルギーガンを構える
素早い動きを見切りながら
エネルギー弾を放つ

閃光が弾け トンネルが白く焼ける
力は拮抗していた
互いの攻撃が空気を切り裂き
僕の体力だけが 消耗していく

轟音が響き渡る
魔物の咆哮がトンネル全体を震わせる
その腕が空気を裂き 僕の頬を掠めた

――速い
一瞬の隙を突いて 僕は地を蹴る

閃光を纏ったエネルギー弾を放つ
炸裂音と共に爆風が起き
熱風が肌を焼く

魔物の身体がねじれ
黒い霧を撒き散らしながら
半分が吹き飛んだ

焦げた破片が宙を舞う
トンネルの壁に衝撃が反響する
視界が白と黒に塗り潰される

その瞬間――

空中に文字が浮かぶ
〈修復不能〉

光が揺らめく
再生を始めた魔物の身体が
ゆっくりと形を取り戻していく

「なぜだ!」
僕は叫んだ

その輪郭に
どこか見覚えがあった

光が差し込み
仮想空間の奥で
魔物の顔がはっきりと見えた

――それは僕自身だった

僕はすべての記憶を思い出した

列車事故に遭い
トンネルに閉じ込められていたのは僕だった

食料も尽き
瓦礫の前で力尽きて横たわっていた
崩れ落ちた天井から
微かな光が差し込んでいた

助けを呼ぶ声も出なくなり
やがて静寂だけが残った

その時――
外から瓦礫を崩す音が聞こえた
レスキュー隊の声だった

伸ばされた手が見えた瞬間
僕の意識は途切れた

――魔物が再び咆哮を上げる
その時 少女の声が聞こえた

「やめて 戦わないで」

世界が真っ白に光る
少女の記憶が流れ込む

僕は思い出した
瓦礫の中で 力尽きる寸前に
ポケットの中から免許証を取り出した

震える手で丸を付けた
「臓器提供をする」――そして書いた
『少女にあげて』と

隣には 同じく瓦礫の前で助けを待っていた少女が横たわっていた
僕は死を覚悟して
列車事故で一緒に閉じ込められたその少女に
自分の臓器を提供することにしたのだった

少女と僕はレスキュー隊に助け出され
少女は意識を取り戻し
僕は昏睡状態になった

彼女は 僕を助けるために
ドリーム・リペアラーになったのだ

――魔物が僕に向かって襲ってくる
僕は両手を広げ その攻撃を受け止めた

“自分の痛みを 自分で受けるように”

衝撃が身体を突き抜ける
心の奥で 何かが軋んだ

その瞬間
自分を守るために築いた「偽りの優しさ」や「正しさ」が
魔物の一撃で崩れ落ちた

砕け散る光の中で
ほんとうの“僕”が ゆっくりと顔を出した

空中に浮かぶ文字――
〈修復完了〉

視界が静かに滲む
光がゆっくり遠ざかっていく

――僕は薄く目を開けた
白い天井
機械の音
点滴が腕を伝っていた

隣のベッドで少女が眠っていた
その表情はまるで夢を見ているように穏やかだった

朝の光が差し込み
僕は静かに息を吸った

救うことが自分を削ることだった日々
けれど今は違う
“救うこと”は“共に生きる”ということだ

あの日 池の魚を川に戻そうとしたように
誰かを想う優しさは 時に間違えるけれど
その想いがある限り 僕はきっと前へ進める

白い光の中で
僕は微笑んだ

終わりではなく 始まりとして

6598

ギルドと鎖と、天使の悪魔

10/14 23:18 更新

子供の頃
家の屋根裏には倉庫のスペースがあった

天井に鍵を差すと
カタンと音がして
階段が現れる

子供の僕がしゃがんで
やっと歩けるくらいの高さ

そこにおもちゃを置いて
遊んでいた

家の中に湿った風が吹く日は
その屋根裏に逃げ込んだ

天井裏のスペースは
避難所でもあり
牢獄のようでもあった

――時は流れて

僕は会社員として働いていた
理不尽な上司
不条理なルール
飲み込まれていく日々

ただ成果を出すために
動くようになっていた

優しさや理想を守るために
感情を殺し
言いたいことを飲み込んだ

そして心の奥に
別の“戦う自分”を作った

他人を傷つけたくないからこそ
生まれたその人格は
いつの間にか
僕の心を閉じ込める檻になっていた

――実は僕は
ギルドを作って
ある敵と戦っていた

その敵は
可愛らしい女の子の姿をしていた

だが凶悪で
僕たちに死の攻撃を仕掛けてくる

倒しても倒しても
何度でも現れる

まるで
クローンのように

彼女は満月の夜にだけ現れた

僕たちは彼女を
“アザゼル”と呼んだ

ギルドの集合場所は洞窟の中
僕たちはそこで武器を作り
戦い続けていた

ギルドのメンバーは
このアザゼルに狙われ
戦い、逃げながら
いつの間にか集結した仲間たちだった

戦えば戦うほど
アザゼルは狂暴になっていった

終わりが見えなかった
それでも戦うしかなかった

――満月の夜

洞窟の奥で足音が響いた
僕は息を潜めて呟いた

「……来た、アザゼルだ」

空気が裂けるように震え
洞窟全体に凶悪なオーラが広がった
背筋が凍る
今回は違う、と直感した

次の瞬間
アザゼルが凄まじい勢いで突進してきた

爆音が轟き
光がはじけ
岩が砕ける
仲間の叫びが反響して
洞窟全体が悲鳴を上げた

残った仲間で
ありったけの武器を放った

閃光が連続し
耳鳴りの中で
アザゼルはたまらず崩れ落ちた

その瞬間
僕は息をのんだ

崩れゆく彼女の顔が
“天使”のようだったからだ

その姿に
僕は動揺した

あの凶悪な光を放っていた彼女が
まるで天使のように
祈るような姿で
穏やかに目を閉じていた

その時
微かな声が聞こえた

「洞窟の奥に行って――」

それは
崩れ落ちたアザゼルの唇から
かすかにこぼれた声だった

――僕たちは進んだ

暗闇を突き進み
狭い通路を抜ける

やがて
光が差す大きな空間に出た

そこで見た光景に
僕たちは息をのんだ

岩の中央で
アザゼルが鎖に縛られていた

腕と足を冷たい鎖が絡みつき
彼女の身体を地へ縫い止めていた

「なぜ…アザゼルが」
誰も言葉を発せなかった

その時
背後から音がした

振り返ると
何十人もの凶悪なアザゼルたちが
闇の奥から姿を現した

絶体絶命

僕は鎖に縛られたアザゼルを見つめた
その顔は
天使のように穏やかだった

その瞬間、気づいた

「彼女は……僕たちと同じなんだ」

誰も傷つけたくないからこそ
“戦う人格”を別に作った

僕たちは
彼女の鎖に手を伸ばした

重い金属音が響き
鎖がほどけていく
その瞬間――

洞窟が閃光で包まれた

眩い光が天へと吹き上がり
凶悪なアザゼルたちが
“天使のアザゼル”に吸い込まれていく

その光は
怒りも恐れも呑み込み
すべてを静寂に変えていった

叫びと祈りが混ざり合い
光はひとつの形に還った

アザゼルは
天使でも悪魔でもない
ただの女の子に戻った

その姿を見て
僕たちの中の“戦う天使”も
静かに消えていった

――ギルドは屋根裏の倉庫のようだった

人が心の奥に作る避難所

傷ついたとき
そこに閉じこもって自分を守る

けれど
誰かを救うために戻るとき
そこはもう牢獄ではなく
祈りの場所になる

自分を守るために作った壁が
いつの間にか檻になる

その檻を壊すのは
戦うことではなく
分かり合うこと
受け入れること

湿った風が止み
屋根裏の階段が
静かに元の場所へ戻っていく

僕は鍵を握りしめたまま
しばらく天井を見上げていた

6598

雨と光と、終わりのない始まり

10/12 17:20 更新

現実逃避で弱っていく細胞
何も持たないと思ったけど
生きていく才能が
あっけなく僕を生かした

太陽が雲の隙間から覗く
けれど僕は
何度もそっぽを向かれた

びしょ濡れの夕方
雷が響く中
何も考えずに自転車を走らせた

空と木のあいだに見えた閃光が
絶望と見わけつかない
虚しさに変わる

濡れた靴下を脱ぎ
手の中の温かさを感じる
踏んだフローリングが
優しい音を奏でた

寝転んだ芝生から見上げた空
太陽の匂いが
思い出をかすめていく

雲に隠れても
そこにいると知っている

風で白いカーテンが揺れ
胸に触れた雫が
星の中の思い出に溶けていく

――雨と光のあいだで
息をしている
それだけで
少しだけ前に進める気がした

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ピアノとトラップと、実力至上主義

10/11 00:29 更新

子供の頃
怖い音楽の先生がいた

学校の音楽がよくわからなくて
何度も怒られた僕は
次第に宿題をするのが嫌になり
わざとやらずに行くようになった

僕は
宿題をやらない唯一の生徒として
先生に覚えられていた

ある日
先生が言った
「宿題を全部やらないと
卒業させないよ」

怖くて
放課後の教室に残った
先生と二人きりで
静かな時間が流れた

僕は黙って
一枚ずつ宿題を終わらせていった

全部終えたあと
先生がふと
窓の方を見ながら言った

「実はね
先生は遠くに行くことになって
もう明日で学校を辞めるの」

その声は
これまでと違う柔らかさを帯びていた
顔には
今まで見たこともない笑顔と穏やかな顔

そして先生は
少しだけ楽しい話をしてくれて
ピアノを弾いてくれた
放課後の光が音に変わるようだった

僕は少し悲しかった
けれど
初めて先生と学校が
少しだけ好きだと思えた

――時は流れ、

僕は会社員になった

実力があっても報われない
成果と努力が釣り合わない世界

上司に好かれた者だけが
上へと昇っていく
そんな構造の中で
僕はいつの間にか
人を駒のように扱うことに慣れていった

それが組織という名の現実だった

――実は僕は
会社とは別に
国家が秘密裏に運営する

「高度能力育成学校」

に通っていた

表面上は“誰にでもチャンスがある”社会
けれど実際には
生まれ持った環境と性格と能力の差があり
その差をどう使うかがすべてを決める

この学校は
その差を究極にまで活かすことを教える
“実力至上主義”の場所だった

学園長は頭が良く冷静で
「平等とは幻想であり
能力が重要である」ことを教えてくれた

――翌日学校に行くと
いきなり校内放送が大音量で流れた
学園長の声だった

「これから脱出ゲームをしてもらいます」
「校門まで到着すれば成功
将来の社会的成功が約束されるでしょう」
「出られなければ失敗
退学――それは死を意味します」

生徒たちは数人のグループに分かれ
我先にと校門を目指して走り出した

だが
トラップが牙を剥き
爆風と悲鳴が交錯する
金属片が壁をえぐり
床が沈み込む音が響いた

僕はそれを予想していた
最初に動けば負けだと知っていた

脱出という名の試験に
トラップが仕掛けられているのは当然だった

僕は仲間を集め
司令塔となり
脱出のフォーメーションを組んだ

「前列は確認
中列は支援
後列は警戒」

これでトラップは完璧に回避できるはずだった

しばらく進み
あともう少しで校門というところまで来た
少し安堵したその時

仲間の一人が地雷のトラップに引っ掛かり
大怪我を負った

校門は目の前にあった
あと一歩で成功が掴める距離

「社会的成功を掴み取りたい」
そう思った僕は
怪我をした仲間を置いて
仲間に再度フォーメーションを組み直させて
前に進もうとした

その時
誰かが呟いた
「こんな成功はいらない」

僕はその場の凍り付く緊張感から
一瞬思考停止した

ポケットに思わず手を入れる
指先に触れたのは
子供の頃あの先生と解いた宿題の紙だった

聞こえないはずのピアノの音が
頭の中で鳴り響いた

身体の中に電流が走った
僕は怪我をした仲間を背負い
先頭を進んだ

「たぶん真の実力とは
他人を理解し前に進むことなんだろうな」

僕は呟いた

振り向くと
仲間たちが笑っていた
あの先生のように
優しく穏やかに

学園が仕掛けたトラップは
もはや敵ではなかった

僕たちは校門までたどり着き
このゲームに勝利した

――人は誰かに認められたいと願う
それは弱さではなく
生きることの証だと思う

世界は不平等で不条理
それでも
その中で“どう生きるか”を選ぶのが人

真の実力とは
「自由と孤独を受け入れ
それでも他者と関わる覚悟」
のことなんだろう

ピアノの音が
また遠くで響いていた
放課後の夕陽が
静かに沈むあの教室のように
誰もいない校舎に
優しい余韻だけが残っていた

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異能と虎と、万年筆の記憶

10/08 23:48 更新

子供の頃
僕は漫画を描くのが好きだった

万年筆を買ってもらい
紙の上に夢を描いていた

ペン先から滲むインクが
世界を黒く塗ることも
まだ知らなかった頃

やがて万年筆は壊れ
インクは絵ではなく闇を描き始めた
滲んだ線が心の奥まで広がっていった

――時は流れ
僕は会社員になった

結果を出しても
上司には扱いづらい人間と言われ
部下には尊敬と恐れの目で見られた

昇進にも興味はなく
ただ“自由に生きたい”という思いが強かった
死んだように働く人々の中で
僕は“生きる”という意味を探していた

けれど
僕にはもうひとつの顔があった

闇の組織と戦う異能探偵社
その名はヘイヴン

対する敵はアビス
裏社会を支配する闇の支配者で
政治と暴力を操り
人々を支配していた

僕の異能は
“異能力を無効化する力”

万年筆のインクが闇へと変わり
触れた者の力を包み消し去る

それは最強の力であり
同時に誰も救えない能力だった

全ての力を消せる代わりに
自分の存在価値さえも無効化してしまう

ある日
街角で絵を描く男に出会った

小さな女の子を描くその手は優しく
どこかで僕と同じ“生きる意味”を探しているように思えた

僕は思わずその絵を写真に撮った

――その夜 ヘイヴンから指令が届く
港の倉庫でアビスの兵器取引を阻止せよ

倉庫に潜入した僕は息を呑んだ
アビスの一員の中に
昼間の絵描きがいた

取引が始まる
床には並べられた兵器
僕はタイミングを見計らい
インクを放つ

黒い波が闇を飲み込み
アビスの構成員たちが次々と倒れていく

だがその瞬間
天井が砕け
巨大な虎が飛び降りた

咆哮が空気を裂く
その目は獣――いや 人間の悲しみを宿していた

僕は気づいた
あの虎はあの絵描きの異能の化身だと

鋭い爪が閃き
コンクリートが砕ける
熱風と粉塵が渦を巻く

僕はかろうじてかわしながら
傷だらけの身体で立ち上がる

スピードが速すぎて
インクを当てる隙がない

――その時
ポケットの中の写真が指先に触れた

絵描きが笑っていた
あの少女の絵

僕は震える手でその写真を掲げた

虎の動きが止まる
一瞬の静寂

僕はその隙に万年筆を振る
黒い闇が閃光のように走り
虎を包み込んだ

闇の中で
彼の意識が僕の中に流れ込んでくる

――誰かを救いたかった
――でも自分の中の制御できない獣が怖かった

その声を聞いた瞬間
胸の奥が熱くなった

僕は思い出す
子供の頃の自分を
あの頃の僕は
闇ではなく夢を描いていた

「誰かのために生きる」

その言葉が
まるで光のように胸に差し込んだ

万年筆のインクは再び絵を描き出した
闇ではなく 希望の輪郭を

彼の姿は虎ではなく
優しい絵描きに戻っていた

世界は静かだった
港の風が 少しだけ優しく吹いた

「誰かのために生きる」
彼の意識が僕の中に流れ込んだことで
僕の生きる意味が見つかった

戦っているのは敵ではなく
それぞれの心の闇だということ

その痛みを受け入れたとき
人はようやく“自分として生きる”ことができる

僕は今日も万年筆を手に
闇の上に光を刻んでいる

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